宮木康隆のエッセイ集

tomo essay

02 パターナリズム

~ダンス教師の権威の正当性とお客の独立と自由~
~教師協会の権威の正当性と会員の独立と自由~


日本人の競技ダンスの選手が世界に通用しなくなってきている。
外国の選手と日本の選手とは明らかに、同じステップを使っているのに、違う踊りに見えてしまう。
なぜだろうか?


それはダンスを学ぶ考え方が違うのである。
欧米では20年前から言われはじめ我々、AJDTでは5年前から始めた。
しかし日本人はまだこの方法を理解するものが非常に少ない。
しかし日本でも他の分野では、最先端の方法として利用され始めている。
欧米から10年以上遅れているが、この方法が主流になるのは、もうすぐそこまできている。


AJDTでは何度も何度も繰り返して行ってきたこの方法とは、たとえばルーテン主義の排除である。
ベーシックムーブメントからのスタートである。パートナーチェンジの順番強制の否定である。
絶えず音楽をかけるレッスンである。残念ながら、なぜこれを推進してきたかを理解してくれる人は少なかった。
でも少なくてもAJDTの会員には絶対理解してほしいと絶えず願っている。
それはパターナリズムをやめることである。


パターナリズムとは「父親主義」「温情主義」「父親的温情主義」とも言われるもので、
元々は半人前の子供のためにいろいろと世話をやく父親のことをいう。


・未熟な子供のために親が進路を決めてやる。
・無知な患者のために医者が決めてやる。
・しもじもの地方会員のために教師協会が決めてやる。
・頭の悪い会員の身の振り方を教師協会(理事会)が決めてやる。
・ダンスを知らない素人のためにダンス教師が正しい立ち方とホールドの仕方を決めてやる。
・ダンスを知らない素人のためにダンス教師がその人にあったルーテンを決めてやる。
・ダンスを知らない素人のためにダンス教師が公平にパートナーを決めてやる。


これはダンス教師の利益に関係なくお客にとって最善の方法を選ぶのではなく、
お客に充分な情報・判断材料・機会を与えず、お客のためといいながらも、
お客の真の利益より、実は教師にとって利益になる方法を選んでしまう
「おためごかし」「大きなお世話」とでもいえる代物であり、悪質な父親温情主義の押しつけなのである。
そこには、お客を「劣ったもの」と見る差別感・強者のおごりがある。
またそうやってダンスを教えている教師も、自分が習う立場になったとき、
自分で決められず他人に決めてもらうオマカセモードに入ってしまう。それが先生への礼儀だと信じている。


つまり日本の競技ダンスの指導法は、「ああしろ」「こうしろ」「そんなことはするな」ということを注意・指導していて、
競技選手の自主性が損なわれ、その結果自主性の無さで欧米とダンスの踊り方に差が出来てしまったと思う。
欧米の審査員・指導者に聴くとほとんど全ての人が日本人の踊りは、主体性がなく、何を表現したいのかが見えてこない、
ただ優れた技術の羅列と、神経質な注意が行き届いたダンスである。
これでは競技選手は何を学んだのだろうか?権威者に対して服従しオマカセすること以外で何もしない。
すなわち彼らはダンスについて何も学んでいないのと同じである。
そして自分が言われたことをまた、生徒に言ってゆくという悪循環を繰り返すのである。


この権威にものを言わせたパターナリズムは、日本のダンス界に至る所にはびこっている。
我々も10年前はヨーロッパのこのシステムが全く理解できなかった。
何度となく、ヨーロッパのダンス指導者たちに質問した。
今考えれば全く幼稚な質問だったが、5年間教え方の勉強をして、
何となく理解して5年前からこの考え方をAJDTに取り入れたのだが、まだ日本においては早すぎたのかもしれない。
しかし我々はくじけることなく世界最先端のこの指導法を推し進めていく日本ダンス界のリーダーとしての使命があると思っている。


我々の考えているダンスの先生は、お客(生徒)の自主性をけして損なってはいけないということだ。
ただ先生が制限やお節介が出来るのは「お客が危険なことをやろうとしたり」「健康を損なうことをしたり」
「教育的に必要である場合」だけである。後はお客の自由を尊重すべきだと言うことである。
また教師はお客のためにそれが最良であると考える理由だけでお客に圧力をかけることをしては許されない。
教師はお客に参加させ、選択させるための情報を提示することが仕事である。
こうすることによって、お客の自己訓練を発展させ、自己の達成感の増大をはかることが出来、
自己の行動に責任を持たすことが出来る。また自由な発想と構築する力が育ってくるのである。
実際、我々は教室において、この方法で成果のすごさを実感している。


私は、AJDTは会員と執行部の間もこの考え方にすべきであると思っている。
しかし残念ながら、多くの会員は我々の提供する情報を受け取らない。
自分で考えない、執行部が何もしてくれないと文句を言う。
この考え方が理解できない会員は、日本における今までの状況下では、それはそれで仕方がないのかもしれない。
そこで我々は仕方なく教育的に必要であると考えられる情報の押しつけと支部情報の本部報告をまず強制したのである。
これがポイント制である。自ら情報を得て、自ら選択する力がつけばこの方法はいらないのかもしれない。
執行部は何もしてくれないと感じているあなた、もっと自由に、独立してほしい。
この力が育てば、AJDTこそ日本で唯一、世界の教師協会と肩を並べることが出来る。
そしてその波はすぐそこまできている。波にのまれてダンス教師としての命を捨てないでほしい。


2003年