宮木康隆のエッセイ集

tomo essay

03 ダンスとは何か


外人コーチャーに、選手権に参加している選手のダンスについて、短評を聞いていたことがある。
選手会の広報の仕事で、インターに来ている欧米人コーチャーに、インタビュウを2年ほどした。
  そこでほとんどの欧米人は、日本人のコーチャーによる短評とは違いその選手のいいところを見つけて短評をいう。
一方、大多数の日本人コーチャーによる短評は、その選手の直すべき欠点を指摘する。
それは長い間気にも留めなかったが、1996年、ドイツに世界10ダンス選手権の日本代表ジャッジとして参加して、
ワイゼンバーグ氏と親しくなるにつれ、ダンスについての考え方が、日本人と全く違うことを知り、
日本人ダンサーが何故強くなれないのか、私なりに理解することが出来た。


1996年初めて、ワイゼンバーグ氏の自宅に、我々日本人数人とアメリカのカップルが夕食に招待され、
次の日からダンスの考え方を教えるために、
ワイゼンバーグ氏は我々日本人とそのアメリカ人を近郊の地域にあるダンス教室を数件案内した。
その中で教室のあり方から教師のあり方、又指導方法までを説明するのだが、日本人の我々にはピンとこない。
日本は特殊な国だから日本人に合ってないと思いつつ、音楽にのって揺れて踊る生徒の姿を見ていると、
日本人は音感が悪いからと思う考えが深まる一方だった。
のちにドイツ人は、世界でもっともリズム感のない国民であるとドイツ人自身が信じていることを知ることになる。


ワイゼンバーグ氏によると、このリズム感のないドイツ人にいかにリズム感をやしなわせるかでドイツ人が考え出した方法が、
世界で利用されているワールドダンスプログラムの元になっているということでした。
ここからドイツを含め世界のダンス指導方法が、形の美しさを追求する教え方から、
リズムに合わせて体を動かすことを重視した教え方にシフトを変えたようです。
残念ながら日本では、それに乗り遅れた様です。


近郊のある教室で、ワイゼンバーグ氏とアメリカ人カップルのダンスの話し合いから、
アメリカでは、我々の知らないダンスがいっぱいあって競技もおこなわれていることを知った。
そのアメリカ人の踊ったマンボは、我々が日本で習ったマンボとは全く違って、
めっちゃかっこいいダンスだったので思わず我々は皆、目を丸くしてお互いに顔を見合った。
私は学生コンペをしていたので、アメリカ風ダンス(ジルバ・マンボ・スクエアールンバ)は先輩に教わった。
といってもほとんどパーティで見て覚えた。しかし、日本のダンス教室では、英国風ダンスしか習えなかった。
日本では、リバイズドテクニックを中心に研究し、より深く知ることが優れたダンス教師であるらしい。
だからリバイズドテクニックにあるダンスだけが英国風ダンスであって、それ以外のダンスは知る機会すらなかった。


ブラックプールは、全英選手権を含むプロ、アマの競技会が金曜日から翌週の金曜日まで8日間も続く。
このため世界各地の加盟国から人が集まり夜競技会、昼世界ダンス会議が開かれる。
AJDT/DSCという日本の団体がWD/DSCに加盟してその会議に出席して初めて、
欧米ではワールドダンスプログラムを使って初心者をレッスンしている事実を知らされた。
この会に日本の代表で出席した助川友朗氏は、日本のシステムとあまりに違うので愕然としたそうだ。
助川友朗氏はこの日から何故ワールドダンスプログラムを使って初心者をレッスンしているのかの答えを求めて、
ヨーロッパを行き来するようになる。


実は,それ以前からワールドダンスプログラムは、日本で紹介されていたのだが、
やさしいダンスの踊り方が書かれているだけで、つまらない小冊子としか思えなかった。
また、教え方について何も書かれていなかったし、
このつまらない小冊子の本当の意図を伝える者は日本では、我々のまえにはいなかったようです。
私は,1996年に初めてドイツを訪れてから、毎年、助川友朗氏とともにドイツを訪れるようになる。
助川友朗氏は欧州の主な国の教師協会の話を聞いて歩き、ある結論を出していた。
ダンスの教え方は、初心者の時の教え方でその生徒のダンスがほぼ決まってしまう。
だから初心者を教える時は、特に優れた教師を担当させるべきだということだ。
毎年1週間の滞在で、助川友朗氏と私は、欧州の主な教室の初心者クラスを数多く見てあるき、
日本もこのやり方を導入しなければダンスの底辺が広がらないと感じました。


ブラックプールでのゼネラルダンスの中で、日本人カップルは自分のうまさを見せびらかすように、
格調高い競技選手のようなダンスをしている。
本人は気持ちよさそうだが外から見ていると、その場にそぐわないので、とっても滑稽に見えてくるからおかしい。
いや、おかしいより、同じ日本人として恥ずかしいと思った。
ダンスの外見はすばらしいダンスを習っているに、踊る心とダンスのTPOは習わなかったに違いない。
日本人のダンスは、英国に追いつけを目標に掲げて頑張ってきたが、テクニックについては確かに追いついたかもしれない。
しかし一番大事なダンスの精神を、おざなりにしてきたつけが現れ始めているようだ。
これからのダンス教師は、~何故ダンスをするのか~、から生徒に伝えていく使命がある。


そもそもダンスというものは、人の踊っているのを見るより自分で踊る方が楽しいのである。
「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら……」である。
しかし、ドイツ人もそうだがダンスは、習わなければ踊れないと思っていることに、
日常生活からの距離が生まれてきてしまう。
日常生活の延長線上に在るべきダンスを、最初の目標とするドイツと違い、
それとかけ離れた競技会スタイルのダンスだけを教えている日本では「ダンスは特別な人がするものだ」という、
一般社会の通念みたいなものが生まれてしまっている。
日常生活の延長線上に在るべきダンス、すなわちワールドダンスプログラムが普及すれば、
日本のダンスは大きく変わるはずである。


2003年