宮木康隆のエッセイ集

tomo essay

10 ダンスを踊る時あなたは何を考えていますか?


去年の3月11日2時45分過ぎ、私は新宿にいました。今まで経験したことない大きな揺れ、交通機関はすべて止まり、
私は3時間かけて歩いて帰宅しました。
東北地方太平洋沖地震はマグニチュード9.0震度7を記録する大惨事になりました。
その直後の大津波、福島原発事故が加わり、この地震によって多くの方が亡くなられ、
やっとのことで生き延びられた方々も精神に大きなショックを受けられたこと、
そしていまだに災害の爪痕が各地に残り、人々の心に残っていることを聞いています。
被災された皆様へ、心よりお見舞いを申し上げます。早く日常の生活に戻ることを願うばかりです。


大きな自然災害は突然襲ってきて、生活を破壊してゆきますが、時代の流れは、知らぬ間に徐々に、
我々の生活や文化を壊してゆきます。東京にあるダンスホールは年々減少を続け、
気がつけば今や2つしか残っていない状態です。40年前 私がダンス教師試験を受けた渋谷にあったダンスホールは、
とっくに無くなってしまいましたし、新宿歌舞伎町にあった数か所のダンスホールも全て無くなってしまいました。
社交ダンス人口の減少のせいでしょうか? 時代の流れで仕方がないのでしょうか?さみしい限りです。
さて、あなたはダンスホールに行ったことがありますか?私が最初に行ったのは学生時代でした。
その頃はフロアーのほとんどでは黒山の人だかりで、踊っているというより、うごめいているという感じでした。
ダンス教師になってからも教師試験や競技選手の練習会など、午前中の営業していない時間帯に良くゆきました。


久しぶりに、去年の年末にロイアル60sクラブの人たちとダンスホールに遊びに行きました。
きらびやかな世界に、皆は初めての経験で夢のような世界でダンスができとても満足していたように思います。
私が教えているロイアル60sクラブは東京の練馬区で活動しているダンス・サークルで、できてもう5年になります。
60歳以上で初めてダンスをする人を対象として会員を毎年募集しています。
地域であえて区分するなら、助川ダンス教室は城南で練馬区は城北というところでしょう。埼玉県に近い地域です。
5年間ダンスを教えていますが、週1回ということと、ほとんどの方が65歳以上であるため、
進行速度は他のサークルと比べて恐ろしく遅いと思います。
たとえばワルツ、いまだにリバース・ターン無しにLODに沿って踊っています。
ルンバはニューヨーク、ハンド・トゥ・ハンド、アンダーアーム・ターンです。
でも問題は音楽に合わせて踊ることなのです。踊りだしはあっているのですが、
だんだん音楽より速くなって行って、気がつくと音楽と合わなくなってしまいます。
それは、男性も女性も同じ問題を抱えています。
そんな人たちが、日常生活とかけ離れた別世界のダンスホールにいっても、臆することなく、
各種目3つぐらいしかフィガーを知らない練馬ロイアル・メンバーの人達なのに皆ダンスを楽しく踊っていました。
ダンスを楽しんでいたことに、私はとっても満足ました。


このサークルを始めたころは、自分が習っているダンスではパーティでは踊れないとメンバー皆が思っていました。
だから課外授業のパーティに誘い出すのに何年もかかりました。最初に1人パーティに参加するようになると、
だんだん人数が増え、今年の暮れのパーティではほとんどすべての練馬ロイアル・メンバーが参加してくれました。
パーティの後の忘年会と3次会のカラオケまで付き合うように、なってくれました。
まだ他のパーティに行くのは尻込みをしますが、なんとか今年からは、
助川ダンスで行われるAJDTのパーティ参加を目指したいと思っています。


初心者にダンスを教えていくのは、とってもおもしろいし、楽しいです。
ダンス経験者の見学もありますが、そういう人たちは、まったく別のダンスに見えるようで入会はしてきません。
会自体もとてもゆるくしていますので、私の性格に合わせた会になってきました。
今では、初心者を教えている時、ダンス教師になってよかったと心から感じられるようになりました。
まだ人数が安定しているとは言えないけれどAJDTのダンス指導法に誇りを持ってダンス教師をしています。


私はこの経験からも、ダンスを踊るためには、最低 次のことが絶対必要だと思っています。
それは 1、音楽 2、踊る場所 3、踊る相手
知っていた方がよいと思うのは、ダンスの基礎的ステップ。後は踊るための技術が少々。

あなたは、ダンス・パーティ等でダンス音楽を聴いて踊るとき、こんなことを注意したことがありますか?

1、ビートだけでは無く、どんな楽器でメロディが奏でられていますか?
2、音楽を聴いて、自分の心がどんな感覚に成りますか?
3、踊っている相手を大切に思え、ダンス音楽を共有したいと思えますか?

私はダンスを教えるときは、生徒にいつも言うように心がけているのは。
踊りながら、ハミングでも、スキャットでもいいから歌いなさい。相手にうるさいと思われてもいいから、
歌いなさい。でも歌うことが慣れたら、心で歌いなさい、相手に聞こえないように。
日本語で歌っていない歌詞は、意味がよくわからないので、楽器みたいに感じていいと思います。
私が歌手に合わせて歌っていると、先生音痴ですねとか言われますが、構わずハミングみたいなことを、
知らず知らずしてしまいます。
皆さんはどうですか?
理事長の助川友朗も、本間一明さんの歌に合わせて時々歌っていますよね。

ブギ・ウギやサンバの音楽を聴いているときと、ルンバやワルツの音楽を聴いているときは、
どんな気持ちになるかは違っていて当然です。歌って踊れば音楽によって自然に皆違う感覚になります。
もっと敏感になれば同じ種目の音楽でも、それぞれ違がって感じるし、同じ曲でも、演奏者によって違って感じます。
これも訓練によって皆できると思います。ダンス音楽よりも、オリジナル音楽の方がより気持ちが音楽に溶け込めます。
どう感じるかは、それぞれが違って感じるもので、正しい感じ方などというものはもちろんありません。
また相手と同じ気持ちになる必要もありません。それぞれの感覚で踊るとダンスはより楽しくなります。

ダンスを踊るときは皆違う個性とダンスすることになります。お互いが相手に合わせていかなければ、
ダンスは苦痛になります。たとえ素晴らしいダンサーだとしても、
これを忘れたら、お互いに踊りにくい相手だと感じてしまうものです。
残念ながら、うまい下手に関係なく、お互いが踊りにくいのです。
私にはこういう経験があります、ある女性と助川のセミナーで踊ることになりました。
彼女は音楽より早く動き出してしまうのです。私は力ずくで音楽に彼女を合わせようとしました。
しかし彼女は混乱して私についてくることができませんでした。二人はお互いに踊りづらいと感じてしまいました。
ダンスを終わってから彼女に聞いたところ、私が強引に音楽に合わせようとした時は
まったくリードがわからなかったそうです。いくら正しいと思ってしても、強引に相手を自分に合わせようとしたら、
お互いが踊れなくなるということを実感しました。

それでもダンスがうまくなるにつれて、ステップ、技術を追い求め、
もっともダンスに必要なことを忘れてしまっていくのです。ダンス・パーティで技術やステップのことで相手に強要するのは、
強要されている人はもちろん、回りから見ている人にとっても感じのいいものではありませんし、
パーティ会場にそぐわないものです。そういうことは、練習会場やレッスン場で自分のパートナーに対して行ってほしいものです。


あなたは、歌手が歌っている歌詞を聞いて理解していますか?
もし歌手が歌っている歌詞が分かれば、より音楽が理解できるかもしれません。
助川ダンス教室で行われるパーティにはよく本間一明とエスメラルダというバンドが入って演奏をしてくれます。
本間さんは英語やスペイン語の歌詞で通常は歌うのですが、ときどき日本語に訳しても歌っています。
スペイン語で歌っているすばらしいメロディの音楽をたくさん聞くことができます。でも日本語の歌詞になったとき、
その歌詞にびっくりすることがあります。最初にアブラサッメというルンバの名曲の日本語の歌詞を聞いたときは
びっくりしました。最近のアブラサッメは訳しかたをソフトに変えて聞いていてもドキッとすることはなくなりましたが、
原文に忠実に訳すと恥ずかしくて聞けないような歌詞が昔は多々ありました。
そのエスメラルダの歌の日本語訳をしているラテン音楽の一人者である三村秀次郎さんの講習が
2009年11月14日にAJDT主催で助川ダンス教室でありました。
その時のお話は大変面白かったので皆さんもよく憶えていつと思いますが、歌の歌詞にはすごいのがある。
たとえばあるタンゴの名曲の歌詞は、売春宿のコマーシャル・ソングだとか言っていました。
またメロディは素敵なのに歌詞は日本語に訳すとそのメロディとはかけ離れたものになっている。
だからオリジナルとはまったく関係ない日本語の歌詞ついたりするそうです。
たとえばコーヒールンバ『昔アラブの偉い坊さんが』で始まり内容は、恋を忘れた男にコーヒーを飲ませたら、
たちまち若い娘に恋をした。というものですがオリジナルは『モリエンド カフェ』という曲名で、
日本語に訳すと『コーヒーを挽きながら』となります。オリジナルはルンバではなくオルキディアというリズムで
コーヒーの豆挽き労働者の労働歌と言っていました。日本では考えられないぐらい、明るい感じの労働歌ですよね。


ある時私は、タンゴの名曲、ダンス教師なら誰もが知っているこの曲が売春宿のCMソングだと知りました。
この訳を読んで、聞きなおすとこの名曲のイメージが大きく崩れると思います。
そして、この詩は別にいらないと思えるでしょう。

その名曲とは 『ア メディア ルス』 です。
日本語に訳すと 淡き光に
因みに、メディオ ノーチェは真夜中
メディオ ヒロ 半回転
メディオは女性名詞につくとメディアになる
ルスは光

淡き光に  A media luz



コリエンテス348番地
2階、エレベーター、
門番もお隣さんもいません、
中は愛のカルテル。
一流の店の家具と、
ピアノ、マットレスに小さな机
返事をする電話と、
古い素敵なタンゴをすすり泣く蓄音器。
そして恋に鳴かないように
瀬戸物でつくった猫ちゃん。

すべては淡き光に、
それは恋の魔法、
淡き光のくちづけ、
淡き光のふたり。
すべては淡き光に、
へやの中のたそがれ、
なんて柔らかいビロード、
愛の淡き光。

フンカル1224番、
心配せずにお電話どうぞ、
午後にはお茶とお菓子
夜はタンゴとシャンパン。
日曜日はダンスの茶会、
月曜日は疲れはてる、
家にはなんでもあります、
クッションもソファーも、
薬局のようにお薬まで。
音を立てないじゅうたんと
恋のためにしつらえた食卓。


2012年