宮木康隆のエッセイ集

 

tomo essay

13 エリートダンサー


昨年は日銀黒田総裁による異次元緩和の年間80兆円が撃ち込まれても、
インフレが起こるどころか、一向にデフレが改善されたような気がしない、
円高だけが現象として目についた一年でした。
その中で日本の大企業であるいくつかの会社が非常に大きな危機に見舞われました。
私なりに考えさせられる1年であったと思います。


エリートダンサーになれなかった私が、2015年の出来事から大組織である大塚家具、
日本マクドナルド、東芝について考えてみました。(ウキペディア参照)
2015年の春に話題になった大塚家具のトラブルはテレビでも取り上げられ 皆さんもよくご存じだと思いますが、
もともと1969年に父親の会社から独立をした大塚勝久氏が社員24名からスタートし、
当時の家具販売の慣行を変え新しい家具販売に切り替えました。
1993年から会員制の販売方法に変え来店客とマンツーマンで丁寧に対応し 
まとめ買いを促す方法で売上高712億円と大躍進をしました。
ところが経済状況(デフレ)が変わり2007年から急激に売り上げが落ち込み 
2008年に勝久氏から久美子氏に社長交代の申し入れがあり、売上利益が回復基調にあった2014年突如として、
父勝久氏は久美子氏を解任、自分が社長に復帰しました。残念ながら。2014年の営業利益は4億円の赤字へ転落しました。
勝久氏は大成功したエリート経営者でしたが、デフレになっても自分の成功体験が忘れられず、
切り替えることができなくなってしまったのかもしれません。
そして現在はまた久美子氏が社長に返り咲きその手腕を高く評価されています。



私が働いている目白駅のすぐそばにある35年続いたマクドナルドが閉店しました。
日本マクドナルドは創業者である藤田田氏から経営を受け継いだ原田泳幸氏は、そのあと8年連続で売上高増収を成し遂げましたが
2013年ごろから経営に行き詰まりはじめ2014年には過去最大の218億円の赤字を出してしまいました。
原田氏は藤田氏と違いアメリカ本社の戦略、命令を忠実に実行することに徹して来ました。
これが異物混入等の様々なトラブルを招き ついに行き詰まると社長職をサラL カサノバ氏にあっさり譲り渡してしまいました。
そして最近アメリカの直系だった日本マクドナルドの株式を売りに出すそうです。


電球からエンターテインメント産業、原子炉まで幅広い分野での製造で日本を代表する東芝が減益を隠し、
三代にわたって決算書の改ざんをしなければならなかった理由は何でしょう。
東芝は2005年に西田厚聡氏(早大・政経、東大・法学 大学院卒)を社長に迎え積極経営に切り替えますが、
2008年のリーマンショックの影響で2009年に3988億円の赤字を出してしまいます。
2009年そのあとを継いだ佐々木則夫氏(早大・理工)そして2013年から田中久雄氏(神戸商大・商経)が
去年まで社長を続けてきて5000億円の赤字が発覚しました。
そしてなんと3代7年間で2248億円の偽装利益を計上してきました。ご存知のように日本はデフレで経済はよくありません。
競争相手であった日立製作所が利益を上げているのに、赤字では東芝の社長のメンツはありません。
その結果無理な経営計画を立て目標達成できずに、安易な経理改ざんの道を選んだといわれています。


上に挙げた大塚家具は大塚勝久氏の成功体験が忘れられず、赤字になってもその体験にしがみついた結果、
会社自体が危なくなっていった例です。
日本マクドナルドは日本の顧客をあまり考えず、アメリカ直系のマニュアルに忠実にしたがったため、
トラブルが発生した時の対処を誤った例でしょう。
東芝は会社を成長させ続けなければならないという重圧に負け、現実からかけ離れた経営をしてしまった結果、
見せかけだけを繕ったのがばれてしまったということでしょう。
堺屋太一氏の書いた『組織の盛衰』にも書かれていましたが、第二次世界大戦での日本の運営にダブります。
どんなに大きくても現場を知らない優秀なエリートが経営のなかに多数存在すると
その組織は経営内部の理論だけで現実とかけ離れてゆきます。
どんなに現場が優れていても瓦解する時間が伸びるだけで、結果は同じです。
そんな企業が日本ばかりではなく、数多く去年報道されました。


そしてダンス界に当てはめれば、ダンス競技会の結果が、偏差値となって 組織内でのヒエラルキーを生み出し組織が作られ、
いい影響も、悪い影響も与えてしまうのではないでしょうか。
ダンスのスーパー軍団の運営するダンス業界は 競技会重視、偏重といっていいほどの組織だと思います。
勿論AJDTは真逆な立ち位置にいますが、あまりにも影響力がひ弱です。
そんな環境の組織を構成している教師はひたすら教室でお客(生徒)が来るのを待って、
格調高い英国スタイルのうえにあぐらをかいています。しかし英国スタイルの競技ダンスは進歩発展して、
今や一般のひとが踊れるような優しいものではありません。
『この誇れる英国スタイルを一般人は必ず習いに来るはずだ。こんな素晴らしいダンスは一目見たら踊りたくなるはずだ。』と
思っている人がダンスの組織を中枢で過去の素晴らしい成績にものを言わせて運営していると考えられます。
またはその考えに同化しているように見えます。
しかし最近はそういう人たちも生徒の数が激減しこのままでは経営が危ないと考えるようになってきました。


我々AJDTが20年以上前に考えていたことをやっと考えるようになってきました。
我々の強みは、競技選手やデモダンス愛好家だけではなく、
一般の人や高齢者の初心者を対象にダンスを広めてきた現場の経験の蓄積です。
一般の初心者はどのくらいのことを理解できるののでしょう。我々会員は肌で感じているはずです。
でも我々も成功しているとはとても言えません。ほかのダンス組織の人より多少ましという程度です。
昨年にはアマチュアの組織もプロの他団体も組織内で意見の対立が始まっています。
競技ダンス派とパーティダンス派の戦いがあのJBDFでさえ起こり始めています。
でも競技ダンス派もパーティダンス派も発想はダンス教室が成功していたころの成功体験を再現しようと
どちらも思っているところが我々とは少し違うかなとも思います。


現在のダンス界の環境はけしてよくありません。ダンス教室の生徒数は年々減り続け、そのうえ高齢化が進み、
初心者がほとんどいないことを考えると、あと10年ぐらい先の予測は絶望的です。
以前から言っていますが、待っていては初心者は来てくれません。以前のように誰かの紹介というのも期待できません。
自分から初心者をさがしに行かなくてはならないのです。
しかし今の社交ダンスのイメージはそんなに良くありません。私の場合、十年以上初心者を募集していますが、
今現在10名前後の初心者のクラスを2つしか持てていません。
しかしその初心者クラスのおかげで、現場での教え方をいろいろ考えながら行って、
昨年発刊されたガイドブックの一部を書くことができました。さらに もうすでにガイドブックの教え方よりさらに進み、
新しい教え方で行っているダンスもあります。
これから皆さんがどれだけ生徒を増やせるかは、レッスン現場でAJDTダンス指導の理念を理解して指導に当たることにかかっていると思います。
いろいろな地域でワールドスタイルダンスが踊られることを目標に会員の方それぞれの方法でチャレンジしていただきたいです。

最後に 私はエリートダンサーを夢見て30歳から35歳までの5年連続で毎年5か月ほど英国に留学していた経験があります。
数多くの日本人選手のなかでも、そんなに数多くのコーチャーに習ったわけでもありません。
それでも、それぞれ皆、特徴のあるレッスンを受けてきたと思っています。ダンスの踊り方にしても、教え方にしても、
すべてのコーチャーが違う言葉で、違う方法でレッスンしてくれたことはとてもありがたいことだと思っています。
同じステップの踊り方も、考え方もどれ一つ同じことを言うコーチャーはいませんでした。
どのコーチャーもチャンピョンで頂点を極めた人だけど、同じ理論やテクニックを教える人はいませんでした。
このことは受ける側も自分流の解釈をしていかないと、レッスンを受ける先生が多ければ多いほどこんがらがって迷ってしまう恐れがあります。
たとえば当時のラテンダンスは、ニーナ派、レアード派に二分されていましたが。日本人のラテンダンサーが習うニーナは予約が一杯で、
私の入る余地はありません。そこで私はレアード系のコーチにラテンを習いました。
レアードもステリアーノスもマックスウエルも全く違った教え方をしていましたし、全く違う踊りでした。
レアードに習ったステリアーノス、マックスウェルはレアードの教え方を踏襲(模倣)してはいなかったのです。
このことから考えられることは、踊り方は時代とともに変化していて、その当時最高の踊りが、
チャンピオンが変わるたびに時代遅れになってしまうことだと思います。
どうしたら最高の踊りができるかという質問には正解がありません。しかし正解がない問題を、
失敗を恐れずに解いていく作業の繰り返しから得られた結果が、
その時代の最高峰のダンスを作り出すのではないかと考えていいと思います。
ダンス初心者の開拓やその教え方も今のところゴールポストははっきり見えていません。
会員一人一人がゴールポストのある所を想像して、みんなで突き進めば、誰かが見つけ出すことができるかもしれません。
今年もあきらめずに自分の方法を突き進むだけです。頑張りましょう。
  


2016年