助川友朗のエッセイ集

tomo essay

12 自分自身が変わろう!



私のお客様でGさんというご夫妻がいます。 Gさんはスイス再保険会社に勤務されていました。再保険会社というのは世界に3社(ドイツに1社、スイスに2社)しかなく、世界各国の保険会社がリスクを少なくするために、保険を掛ける会社です。


東日本大震災では、1千億円以上が日本の各保険会社に支払われたそうです。 Gさんの仕事はグローバルで、転勤は世界中どこでも、会議といえば世界各国で行われるため、海外出張は月一回のペース。ヨーロッパ、アジア、アメリカ、南米、オーストラリア、アフリカ諸国へと、まさにボーダレスに飛び回っていました。


結婚して約30年のうち、23回引っ越しをしたそうです。数年前に日本の代表として東京に勤務することになり、初めて家を購入したそうです。 そんなGさん。昨年突然会社を退職し、英国にあるLSE(ロンドン・アンド・ポリティカルサイエンス)という大学院に単身留学し、大学生になりました。


ロンドン市内に小さなアパートを借り、一人で自炊し、「帝国、植民地、グローバル化」というテーマで、これまでの仕事の経験も活かし、どのようにして現在のような世界に至ったかを、世界中から来た様々な人種の若者たちと一緒になり、毎週のセミナーで議論し、レポートに追われ、充実した毎日を送っていると聞きました。


第二の人生に向けての充電期間だそうです。 日本代表という地位や、高額な給料をさっさと投げ打って、自分がかねてからしたいと思っていたことを実行に移したのです。 それを聞いた時私は、凄い! 羨ましい! それを許す奥さんも立派! と感心しました。 思っていた事ができる環境、たいへん幸せな人だなと思います。


しかしよく考えてみると、これはやろうと思えば誰でもできるのです。 多くの人は夢を見るだけ、実際にはやろうとしません。やらないことをカモフラージュします。 曰く、会社が離してくれない、女房が、家庭が、色々と言い訳を自分自身に言って、免罪符にしています。


20年前から我々(AJDT/IDC国際ダンス本部)は、「このままでは日本のダンスは沈没する」「ガラパゴス化した日本のダンスは世界の潮流から大きく外れ、日本のマーケットから見放される」「今こそ、社交ダンスを見直そう」と叫んできました。


「現在のやり方を続けていけば、日本のダンスは特殊なものになる、こんないやな事も起こる。だから、やり方を変えよう!」と訴え続けてきたのです。 全国各地で講習や講演をすると、何人かから、「先生の言う通りです、かねてから私もそう思っていました」「これから頑張ります」などと言われます。


しかし数年後、同じ所に行ってみると何も変わっていません。どうしてやり方を変えないの?と問いただすと、「いゃあ、周りで誰もやってないので」とか「やりたいので、先生、うちの県協会の会長に先生から話してください」などと言われます。 彼らには、日本のダンスの発展や衰退より、仲間の噂のほうが大事なのです。


ひどい場合は、「全然変わらないですよ、先生早く何とかしてください」「問題点は解ったので、先生何とかしてください」ときます。 AJの会員でさえ、自分がこの危機的な状況を何とかしようと思わないのです。


自分のことを、自分で何とかしようと思わないのです。他人にお願いするのです。 黒船が来て、日本人は世界を知ることとなります。日本のダンス人は、また黒船が来て、日本が変われるとでも思っているのでしょうか?


一昨年から、公益社団法人日本ダンススポーツ連盟(JDSF)との社交ダンスについての合同勉強会が始まり、昨年は一般社団法人日本舞踏教師協会との包括的業務協定が結ばれました。いずれの団体も、日本でダンスが再び市民権を得るには社交ダンスを見直し、教え方を変えなければならない、そのためにはAJのノウハウを取り入れたいとの結論から出発しています。


長年培ってきた社交ダンスの教え方が、他団体から評価されているのです。 私は昨年、JDCF東京都連の要請で講師を3回務めました。このほか静岡県連、神奈川県連、仙台、大阪とたいへん多くのJDSFから要望をいただき、講師として赴きました。皆さん真剣に学習されています。


本家本元のAJ会員がやり方を変えていないのであれば、アマチュアの指導員の方々に後れを取ることは必定です。 最後に私が頂いた、20歳代の生徒さんのメールを添付します。 あけましておめでとうございます。


一度お邪魔してから、一度も助川ダンス教室に参加できずに残念です。平日の参加が難しいので、今度会社の休みを取って参加したいと思います。 最近土曜日にいくつかの若者のダンスサークルに参加しましたが、もう参加しないつもりです。


どこの教室も、ダンスでなく、ダンスのステップを教えている気がして寂しいです。 ステップを学び、ダンスをよく魅せることに一生懸命で、出会いを楽しみ、ダンスに喜ぶとは程遠い気がします。 ダンスだけは違うと思っていましたが、見てくれを非常に重視するのはどこも同じようです。


社交ダンスは死んでしまったのでしょうか? 踊る人によってわたしの喜びも変わるということは、わたしの人格もまだまだだということですね。 笑顔なく、挨拶のない、若者ダンスステップサークルに一石を打てればと私は願っております。


助川先生の教室では、出会いを楽しみ、ダンスに喜ぶことを感じ私の心にとてもよく残っています。 またお話しできると幸いです。今年もよろしくお願い致します。 長文失礼致しました。


群盲象を撫でる 宮木康隆 社交ダンスと言っても、生活密着型のダンスと、別世界の見栄重視型のダンス、2人の世界型ダンスと大衆顕示型ダンス、その他いろいろな見方ができ、社交ダンスの見解は様々な見方があると思います。


去年棒放送局で11月4日夜9時から放映された、『マツコ子の知らない世界 社交ダンス』を見た人もいると思いますが、おかまタレントのマツコ・デラックスがMCを務め、一般の人が知らない世界を、紹介する1時間番組で社交ダンスが取り上げられました。


ゲストに6年連続日本ラテン チャンピョンの織田慶治組とスタンダードを代表して浅村慎太郎組が出演し、社交ダンスの世界をマツコ・デラックスの質問に答えるように番組が構成されていました。 いつものことながらメディアを通すと社交ダンスのイメージは派手な衣装と、競技用の独特な踊り方になります。


ほかのダンスにはない特徴を前面に出すので、やってみたいという人も中にはいると思いますが、普通の人は別世界のお話として社交ダンスの概念を固定化してしまうことになるのではないでしょうか。


アルゼンチンタンゴは足を絡ませるダンスとして、またサルサ等のラテンダンスは綾取りのような手の使い方として、一方的にそのダンスの競技やショーでしか踊らないイメージを埋め込まれるものです。 私はメディアで紹介されるすべての物事は、一部であって全容ではないと、考えなければいけないと思っています。


ちょっと話をそらしますが、戦国時代の織田信長と徳川家康の性格を表すものとして、鶯を鳴かせる方法の話があります。信長は短気で、家康は我慢強いたとえになっていますが、史実は違うようです。若いころに信長は家康に、家康の短気をいさめる手紙を送っています。


短気を起こさず籠城しろと、でも家康は切れて、素通りする信玄に勝ち目のない戦いを挑み敗退しています。1572年の三方原の戦いです。1575年の長篠の戦い時も、勝頼に劣勢だったとき、家康は信長に俺がキレたらどうなっても知らんぞ、という内容の手紙を信長に出しています。


本当は確実に勝てる戦争でなければ、戦いたくない信長を引きずりだして、幸運にも勝利を獲得したわけです。私たちの知っている織田信長のイメージは、司馬遼太郎の『国盗り物語』のフィクションからできていて、残された歴史的文献から得られる人物像とは別人です。 そのイメージを堺屋太一さんが理想の合理主義者として広めました。


小説の主人公を理想の人と考えることは悪いことではありません。ここで言いたいのは、現実はなかなか一般の人には伝わらないということです。 この様なことは、ダンスでもすでに起こっていることは皆さんも理解していると思います。 そして、競技ダンス偏重のイメージが日本国中に広まってしまって、それを覆すことはとても困難なことだと皆さんも感じていると思います。


KY(空気読めない)でありたくない多くのダンス指導者は、今の日本で行われているダンス指導を変えようとはしません。他人の目を気にして、世間に同調しようとします。 デモンストレーションをビジネスにしたり、競技会をクラス分けで運営したりするのは、日本独特のシステムで、日本文化の影響を受けているのかもしれません。


私はこの様な日本独特のシステムは否定しませんし、むしろ肯定する側ですが、教え方やダンスの種類は時代に合わせてゆかなければならないと思っています。 日本のダンス界は何十年もの間、内側(ダンス界)に向かって競争してきました。


外国のトップコーチャーの教えをダンス神の御言葉として大事に伝えてゆき、競技会で誰が神の言葉を正しく表現しているかを、競いまたは発表仕合をして優劣を決めてきました。ダンス界内部での競争に満足いているうちに、どんどんパイは小さくなり、気づいたら、大多数の高齢者で成り立つダンス界が出来てしまいました。


このまま進むと、英国のようにチャンピョンにならなければダンスで生活できなくなる時代がすぐに来ます。 それでは、これからどのような未来になるかは、賢者と呼ばれる全体像を見る力のある人しかわからないと思います。残念ながら我々愚人は一部しか見ることができず、それを全てだと信じているため、意見の対立が起こったり組織が分裂したりするのです。


一番のベストは、賢者がリーダーになることです。それができないときは、みんなで意見を出し合い、話し合いで進んでゆくことです。それでも決まらないときは仕方なく、多数決で物事を決めることになります。 幸いなことに、我々は一方しか見ていないダンス界を他方にも何かあるのではないかと気づきはじめました。


隣の人にそれを教えてもそっけなく扱われ信じてもらえませんが、気づき始めた我々は、みんなで意見を出し合って、進んで行かなければならないと思います。その先は、今より明るい輝ける未来につながっているような気がします。 次に我々が受け手ではなく、賢者に近いダンス教師になったとしましょう。


情報を発信する方のダンス教師をしていて同内容のレッスンをしても、生徒によって違う解釈をするものです。特に団体レッスンになると、その違いが顕著に表れます。 それは、それぞれが違う過去の情報を持っていて、その情報を通して新情報を理解しようとするからだと思います。我々の伝えたいことが、実は一部分しか伝わっていかないことがよくあります。


たとえば『教え魔は嫌われますよ』と言って『わかりました』といった本人が、直後に教え魔になっていることは非常によく見かける光景です。 我々教師は、そんなトラブルを作り出そうとはしていないはずです。我々教師の願いは、カップルがお互いにダンスを楽しんでくれることです。


初心者はやさしいステップと音楽に合わせることを覚えてもらえれば、ダンスの楽しさは十分わかってもらえます。しかし同じスッテプだけだと生徒は習いに来なくなりますので、飽きさせないために、徐々に新しいステップに挑戦させていくことが必要です。

しかし、生徒はスッテップだけだったり、テクニックだけだったり、表現だけだったりを気にして、我々が生徒に一番伝えたい、ダンスの楽しさは伝わっていないということがよくあると思います。または伝えていないことがよくあると思います。


一番重要な音楽や、リードアンドフォローや、LODをあまり考えないで踊っていては、本来のダンスの楽しさは味わえません。ダンス教師は、すぐ飽きてしまうステップを変えながら、音楽やリードアンドフォローやLODをあきらめずに教え続けていかなければ、なかなかダンスの楽しさを理解させることはできないと思います。


この様な経験から同じことが私達、発信者にも起こっているのだろうと考えるようになり、これからは、いろいろな人の話を聞いて、賢人を理解している側近の人(賢人を愚民から守っている人)に、より近づけるようになりたいと思っています。