助川友朗のエッセイ集

tomo essay

15 安全・安心・快適  から  冒険・喜び・楽しみ 60からの冒険! 80からの新しい私!



 この夏から、「60からの冒険! 80からの新しい私!」と謳った垂れ幕を教室の壁面に掲示しています。

どこかの国の首相は先の総選挙で、「独裁者率いる隣国の核の脅威と少子高齢化を国難と位置づけ、国難突破選挙」と称しました。
変人独裁者と同等に扱われた高齢者は、今や非国民であるがごとくです。
この世に生を受け、生まれた時は皆赤ん坊、日本では65年間経過して高齢者と括られるわけで、
誰も好き好んで高齢者になるわけではありません。

私は現在、月に8日、4カ所の高齢者住宅にダンスを教えに行っています。日本の高齢者住宅の運営業者は、
そのほとんどすべてが「安全と安心と快適」を掲げ、老人を迎え入れています。
考えてみると先の敗戦から、日本という国、日本人が目指してきたのは「安全と安心と快適な社会」といえます。

昭和の終わりから平成の初めにかけ、日本はその理想とする「世界で一番安全で、安心で、快適な社会」を現実のものにしました。
いわば、安全・安心・快適という美女の後を必死に追い、やっと美女に追いつき、
さらに追い越した現在、振り向いてみると、もうそこに美女はいなかったのです。
はっとして周りを見渡しても、あれほどまでに追いかけてきた美女の姿はどこにもない…。
これが失われた10年、いや20年なのです。

高度成長時代に青春期を過ごした現代の高齢者たちは、今日より明日が豊かであることを信じて生きてきました。
しかし今になって、ふと足を止め人生を振り返ると、何か失われたものがあることに気づくのです。
昭和20年に終戦を迎え、理想の社会を目指し努力を積み重ね、そこにはさらなる幸せがあるはずでした。
しかしながら、日本は世界で一番幸せを感じにくい社会になってしまったのかもしれません。
「安全と安心と快適な社会」には限度があるのです。いくら防波堤を高くしても、想定外の津波には抵抗できないのと同様、
安全と思われた原発は、場合によってはとても危険なのです。
「100年安心」の社会保障も崩壊しそうです。家々にエアコンが完備され、夏の暑さも、冬の寒さも感じなくなり、
挙句、熱中症になるなど大変危険になりました。
失われたものとは何か――。「安全・安心・快適」には誰も反対できない一方で、その実現のために犠牲にしたかもしれない
「冒険する心」「喜び合う心」さらに「人生を楽しむ」という人間の本質。
冒険する心を持ち、喜びや楽しみを感じ、満足感で感謝の気持ちがもてる――そんな日々が送れたなら、若者であれ高齢者であれ、
個々が生き生きと人生を謳歌できるのではないか、そんな気がします。

「ダンスをすると人生が変わる」。この言葉も壁面に掲げています。

AJ会員の皆様は、少なからず共感できるのではないでしょうか。
私は数年前から、年賀状に替えた「年末状」を、一年間の感謝と来る年への抱負を記してメールで送信しています。
今年その返信として特に目立ったのは、「ダンスと出会えてよかった。人生が変わった」との内容でした。
ダンスを教える者として、これほど嬉しいことはありません。

昨年はとりわけ初心者の来訪が多く、個人レッスンのみならずクラスレッスンも活気がありました。
ダンスには不思議な力があります。言葉を交わす以上に相手のことがわかり、親しみや一体感が湧き、
自分だけでなく、一緒に踊った相手と心地よさを共有できる。
ダンスが最高のコミュニケーションツールと言われる理由が分かります。

AJは「世界中の誰とでも、どんな場所でも、どんな音楽でも踊れるダンス」を教える教師団体です。
ダンスは日常生活の延長線上にあります。
散歩を例にとると、日常のちょっとした合間に散歩を楽しむ人が増えています。しかし、同じ歩く動作でも競歩と散歩は違います。
素敵に歩きたいと思っている人に対して競歩を教える人はいませんが、ダンスの世界では恒常的にこれが行われてきました。
初めから競歩とはどんなものかを理解して、わかっていて習いに来た人ならいいでしょう。
しかし、「公園を素敵に歩きたい人」に競歩を教えたらどうなるでしょうか。
つまり、教える側が「社交ダンス」ではなく、「競技スタイルのダンス」を教え、日常の延長線上にあるべきものを、
誰とでも、どんな場所でも、どんな音楽でも踊れない「特殊」なものにしてしまったのです。

同業者の皆様とお話しすると、初心者がいない!若い人が来ない!と嘆いてばかりいます。
本当でしょうか?
日本にはダンス人口が30万人しかいません。1億1千何百万人の人がダンスをしていないのです。世間を見渡せば、初心者だらけのはずです。
また、ダンス人口の平均年齢は70歳といわれています。なぜ若い人が来てくれなくなったのでしょう。
若い人が求める、若い人にとって魅力のあるダンス、ダンスレッスンを考えたことがあるのでしょうか?
30年間も40年間も同じ商品を売り続けていれば、飽きられるのは当然です。
30年間も40年間も同じレッスンをしている業界は、地盤沈下して当然です。

平均的で画一的な「安心と安全と快適」は、いわば「足型記憶レッスン」「音楽なし、掛け声だけのシャドーレッスン」といえます。
男女を分け、ルーティンで、それぞれに足形を覚えさせる。歯を食いしばってやっと覚え、これで踊れるはずと意気揚々。
しかし、いざ相手と踊ろうとしても踊れない。世界中どこへ行っても、誰とも踊れないダンスとはいったい何なのでしょうか。
パーティやサークルで「あの人とは踊りたくない」「誘われたくない」ダンス愛好家を大量に育てている。これが現状ではないでしょうか。

ダンスレッスンが楽しく、また来たい、もっと踊りたいと思わせられるやり方に変えなければ、現状打破はできません。
ダンスのレッスンとは、「ほんの少しの心得」を知ってもらう場にほかなりません。互いに心地よく踊るのに、高度な技術は必要ないのです。
それよりも、どれだけ「相手のために」という思いやりをもって踊れるかです。
さらに言うと、ダンスシューズやダンス衣装が重要ではないのです。
初心者、経験者を問わず、「冒険・喜び・楽しみ」につながるようなレッスンができるよう、
私たちはダンスそのものを見直し、変わらなければなりません。

私は機会あるごとに、現在の日本は、カップルダンスを次のとおり4種に分類されることを説明しています。
競技会で踊る「競技ダンス」。先生やパートナーと大勢の前で披露する「デモストレーションダンス」。
体を鍛え、運動を目的とした「スポーツダンス」。そしていろいろな人とコミュニケーションする「社交ダンス」。
AJは、この社交ダンスを「ワールドダンススタイル」と呼んでいます。

お客様や、仲間が、本当に何を求めているのかをキャッチし、それぞれのスタイルを、
今の時代にふさわしい、新しい教え方で取り組んでいただきたいと切に願います。

2018年