助川友朗のエッセイ集

tomo essay

16 時代が変わった



昨年12月24日、助川教室の演技発表とダンスパーティ「第100回春秋会」を開催しました。
春秋会は年2回行っていますので、昭和43年から50年間経ったということです。
この演技発表会、今や日本全国で当たり前のように行われていますが、発案は私の父五郎です。
お客様に日常的にダンス教室に通ってもらうにはどうすればよいか、またダンス教師が安定して生活するにはどうしたらよいか。
これが発端となり昭和30年代後半、お客様との演技発表会が始まりました。開催当初は五郎が顧問をしていた数教室で共催していましたが、
昭和43年から単独開催となり、「春秋会」が生まれました。
世界的にみても、プロの先生がお相手をして演技発表をするシステムは日本だけのもので、お客様にとっては自身が脚光を浴び、
華々しくプロと踊ることができる最高のサービスです。ダンス教室と教師も大変な恩恵を受けたのは言うまでもなく、
あっという間に日本中で流行ったのは周知のとおりです。
今ではどのパーティに行っても見られるお客様のデモストレーションは、60年前には世界はもちろん日本にもなかったのです。
さて、このお客様と教師によるデモンストレーションシステムが花盛りになろうとしている時期に生まれたのが公民館ダンス。
これも全国各地で活動が盛んになりましたが、間もなく公民館ダンスもダンス教室と同じ問題が起こりました。
ダンスが少し踊れるようになると来なくなってしまう。メンバーのサイクルが早いのです。
そこで生まれたのが、世界に類を見ない敗者復活制度の競技会。勝者が上の級に行き、敗者が再挑戦するシステムです。
ダンス愛好家たちは、階級制度の上を目指すという新たな魅力を提示されたことでダンスを継続することにつながってゆくのです。
結果、アマチュア競技会のクラスが10段階もできました。

余談ですが、この多くの人々が参加するアマチュア競技会を見て、プロ側の一部がこれを商売に取り入れたいと考え、
財団法人日本ボールルーム協会ができました。ですから、この財団の寄付行為(定款)は競技ダンスの普及と振興となっています。


プロとアマチュア、どちらにしてもダンスレッスンの内容は変化していきます。プロ側は、デモンストレーションダンス向きに、
サークルは次の競技に勝つための技術向上に軸足を置いた内容へと変わっていったのです。
時は、高度成長からバブル景気時代。大きくて、強くて、速いものを善とする文化と相まって、
デモンストレーションと競技会は大発展をします。
最盛期は、ダンス人口の絶対数が少ない日本であるにもかかわらず、世界のトッププロ6カップルすべてが8月と12月には日本に集結し、
毎日のようにデモンストレーションで稼ぐ市場と化しました。
またブラックプールの競技会には日本人選手が殺到、しかし1次予選で落ちるのは日本人選手だけという時代がありました。
こんな逸話があります。ブラックプールのジュニアで優勝したイギリス人の子供が
「早く大人になって日本で稼ぎたいとインタビューに答えたとか。
この流れを汲んで学連の選手は続々とプロ入りし、デモンストレーションダンスや競技会ダンスを武器にすぐに稼げるようになりました。
ダンス専門のドレス屋さんも日本に誕生し、華やかな衣装が公民館を占拠します。そして、ダンスはスポーツとしてやっているんだ、
社交ダンスと呼ぶから風営法で縛られるんだ!など、独自の志向が芽生え、やがて日本独特のダンス文化が花開くのでした。
独特というのは、世界では目にしない固有の現象です。
全国各地のパーティでは、TPOを考慮しているとは思えないダンス衣装に身を包んだ年配のおば様方が、リボンと称する若い学生に群がる光景。
年配カップルの少数派は練習を始め、挙句喧嘩も勃発。カツラとダンス衣装を身にまとった年配のベテラン男性陣は、
目ざとく初心者を見つけて教え魔に変身。フロアでは、格闘技のようにぶつかっても、会釈すらなし。ディスイズスポーツ!
欧米のパーティのように音楽と場を共有し、みんなが楽しく時間を過ごしているようにはとても見えません。
私たちはこのような光景を見るにつけ、もう一度原点に返ってダンスを見直し、教え方を変える必要性を強く感じました。
それが20数年前です。普通の国民の手にダンスを取り戻そうと改革を唱えてきました。

バブルが崩壊し、それとともに高齢化の波が日本を襲い、ダンス界も冬の時代に突入します。
ダンス人口の高齢化と減少が、目に見える形で進行しているのが現状です。


今年陛下が退位されて、新しい天皇陛下が即位します。年号が変わります。ただし年号が変わると同時に、時代が変わるわけではありません。
時代が変わるのは、文化が大きく変わる時です。
しかし、時代が大きく変わろうとする兆しはすでにあります。バブル時代の「大きくて、強くて、早いものを善とする」志向から、
「小さくて、優しくて、ゆっくりなものを善とする志向へと潮流が変わったのです。
チェーンの大型居酒屋も、ファミリーレストランもみんな不況になりました。
現在は小さくて、顧客一人一人に対応するレストランが主流になりました。人口減少と高齢化社会に見合った文化に変わりつつあるのです。
ダンスは、プロ教師のデモンストレーションダンス仕様とサークルの競技仕様の二極だけではないのです。
相手に優しく、場と音楽を参加者が共有できるダンス文化を、今こそ確立しなければなりません。
置き去りにされた、誰もが自然体で普通に踊れるダンス。
私たちは、社交ダンスの教え方を学び、そのやり方で、多くのダンス人を育てなければなりません。
固定概念を捨てて、我々とともに、新しい日本ダンス文化を構築していきましょう。


2019年